漱石『門』から世相史を読む
中西昭雄
本体3600円
ISBN978-4-86182-866-9
発行 2024.6
【内容】
東京の片隅に肩を寄せ合って暮らす夫婦のしみじみとした愛情を描いた小説『門』
自らと読者が生きている社会・生活・世相を活写した作家・漱石。ハルビンでの伊藤博文暗殺に始まる『門』から、激変する明治末のさまざまな世相(家計、電車、盛り場、メディア、探偵、アジア進出、社会主義……)を読み解く。
夏目漱石の『門』は地味な小説だ。/ふたりの男女が所帯をもって、東京の片隅に移り住んで、肩を寄せ合って生活している、というただそれだけの物語だ。/『坊つちやん』『三四郎』『こゝろ』が私たちの青春時代の漱石体験だとすれば、『門』を読んだ人は、おそらく青春がすぎて、漱石とふたたび出会った人ではないだろうか。……『門』が「朝日新聞(東京・大阪)」に連載されたのは、一九一〇年(明治四三)三月一日から六月一二日だが、小説内の時間は、その前年の〇九年一〇月末から始まっている。……漱石のほとんどの新聞小説は、描かれた時代が掲載時のほぼ半年前から前年という同時代性が大きな特徴だ。そのことが、小説を丁寧に読めば、そこからその時代の世相を読みとることができる、という性格をもっているのだ。(本書「はじめに――『門』を読んで考えた」より)
【内容目次】
はじめに――『門』を読んで考えた
「日露戦後」の社会
縁側での会話から
第1部 東京の暮らし
第一章 家計――国家公務員でも弟の大学の学費を払えない!
1 宗助・お米の住んでいた「山の手の奥」
2 宗助は内務省の下級公務員
3 宗助の月給は?
4 月給二五円の生活程度は?
5 弟を帝大に進学させるのは無理
第二章 電灯と電車――山の手の奥から電車で丸の内に通勤
1 電気の文明――原発事故から
2 ランプから電灯へ
3 首都の動脈・電車
4 「街鉄」「外濠線」の株
5 幸徳秋水の電車株疑惑
6 「坊つちやん」、街鉄に就職
7 漱石は社会主義者?
8 啄木が『門』を校正
第三章 盛り場・神田――銀座の前の盛り場は神田だった
1 駿河台下(1)
2 駿河台下(2)
3 小川町
4 錦町
第2部 メディアと暴動
第四章 内務省の「官僚」と足尾の「坑夫」――東京帝大出のエリート官僚の全国統治
1 内務省の高級官僚
2 谷中村の買収
3 漱石の『坑夫』
4 坑夫の暴動
5 坑夫・永岡鶴蔵の生涯
第五章 伊藤博文と新聞――醜聞報道をエサにする権力者
1 「伊藤博文暗殺」の新聞報道
2 新聞各紙の伊藤追悼記事
3 艶聞報道
4 醜聞報道(1)――永田町のセックススキャンダル
5 醜聞報道(2)――黒岩涙香の「萬朝報」
6 反骨のメディア――宮武外骨の「滑稽新聞」
7 明治期の新聞
第六章 泥棒、探偵、高等遊民――「探偵」が漱石のキイワードになったわけ
1 泥棒と探偵
2 探偵小説
3 日比谷焼打と「警犬」
4 市電事件と「社界主義」
5 非常線
6 高等遊民と左傾
第3部 アジアへ
第七章 満州、朝鮮、蒙古意識を探る――借家住まいにも、満州・朝鮮・蒙古の話題が
1 満州
1 「二〇三高地」をめぐって
2 徴兵忌避者、漱石
3 戦死者への手当
4 乃木希典と伊藤博文
2 朝鮮
1 統監府の役人――漱石の京城
2 高浜虚子の『朝鮮』
3 朝鮮の新聞記者――漱石『明暗』と中西伊之助『赭土に芽ぐむもの』
3 蒙古
1 「蒙古王」とは誰か
2 二葉亭四迷と大陸
3 朝日新聞の記者――二葉亭四迷と夏目漱石
第4部 近代と病
第八章 社会と世間――近代と前近代の規範が錯綜する
1 「社会を棄てる」――社会-内-存在
2 翻訳語「社会」――福地源一郎と福沢諭吉
3 まずは「世間」から
4 上流・中流・下層「社会」
5 堺枯川と「社界主義」
6 言文一致
7 社会主義、個人主義、大正デモクラシー
8 大正デモクラシーの暗部
第九章 病い――胃腸を病んでいたが、糖尿病で急逝
1 頓服とインフルエンザ
2 結核
3 胃腸病
4 神経衰弱
5 糖尿病
6 「則天去私」
あとがき
人名索引
漱石・作品索引
図・写真の出典
【著者略歴】
中西昭雄(なかにし・てるお)
1941年東京生まれ。京都大学文学部卒。65年、朝日新聞社に入社し、「アサヒグラフ」「週刊朝日」「アサヒカメラ」などに勤務。81年退社。月刊誌「ペンギン・クエスチョン」(現代企画室)を編集。85年、編集工房「寒灯舎」を設立。「日本寄せ場学会」(87年)、「日本の戦後責任をハッキリさせる会」(91年)創設に参加。著書に、『名取洋之助の時代』(朝日新聞社、1981年)、PHOTO GUIDE『イスタンブル』(編著、PARCO 出版、1994年)、『シベリア文学論序説』(寒灯舎、2010年)。